Le Petit Prince (星の王子さま・あのときの王子くん) の第4章を両毛・足利方言に翻訳し、音読した
Le Petit Prince を第4章だけ両毛方言に翻訳した
経緯
昨年末、列島ことばの集いから『あのときの王子くん〜あちこちのことばで〜』という同人誌が出た。 列島ことばの集いは日本語の各地の地方言語・諸方言に興味がある同志の集まりだ。ここで立ち上がった企画が『Le Petit Prince』(邦題『星の王子さま』『あの時の王子くん』など)を章ごとに列島各地のことばで翻訳しようというものだ。 光栄なことに、主催者の一人である 彊(@owmist)さんに、私ゆーちきもお声をかけていただき、第4章を翻訳させていただくことになった。世間的には、あまりに共通語に近すぎてあまり面白い方言的特徴がないと思われがちな、関東地域から選出してくださったことに、心から感謝している。 私は自分の母方言の一つである、両毛方言(群馬栃木の県境付近で話される方言)に翻訳した。
彊さんはご自身のウェブサイトにて、訳出した原稿をご公開くださっている。前書きに説かれた本企画の趣旨・意義の説明も素晴らしいのでぜひ読んでほしい。
翻訳の出来
正直かなり満足のいくものに仕上がった。 フランス語原文では、接続法を使ったややこしい文法で、ややこしいロジックが説かれている部分がある。ここをかなり忠実に両毛弁訳出来たと思っている。 この箇所は英語版を読んでも日本語版を読んでも話の繋がりを見失いやすい箇所だろうと思う。主張の構造をかなり明確にした形で訳せたので、4章がわからないと思っていた人はこの翻訳を読んでくれれば腑に落ちるところがあるかもしれない。(もっとも、両毛弁・足利弁のニュアンスを正確に学ぶ語学をするのと、辞書片手にフランス語原文を読む語学をするのと、両毛外の人にとってどちらが有益で時間の節約なのかはわからない...)
音声
今回読み上げ音声を追加したので、こちらの記事で公開することとした。読み上げるにあたり、友人との対話を想定した。そのため、書き言葉を想定した原稿と読み上げ音声とでは細部が異なっていることをあらかじめご了承願いたい。なお、私が担当した第4章のテキストは彊さんのこちらのページで公開してくださっている。
ゆーちき2025年の振り返り
今年のイベント(仕事以外)を振り返る。
1月
- 結婚式
- 飯田橋・東京大神宮
- 職場の縁でもあり、東海と北関東に親戚がいる我々の中間でもあった
- 親族全員が永遠に体力に満ち溢れているわけではないと思うので、遠く東京まで遊びに来てもらえるタイミングのうちに式を挙げられたのは本当によかった
- 新婚旅行
2月
- 今後起こりうるかもしれない子育てを踏まえて、永住先をどこにしようか考える
3月
- 妻がICL手術(レーシックのようなもの)を受ける。これ以降視力が上がり生活が楽そう。自分も来年受けたい
4月
- TOEIC受験。920点だった。自分の仕事的にはなんとかなってる気がする。語学を職業にする気はないのでもっと点数を上げたいという欲はない。
5月
- 足利へ移住した。引越しの諸手続きに追われる。
6月~8月
- 近場の多種多様な場所・イベントへ行っていた。動物園・ビアフェス・湖沼・花火大会...
- 友人たちと赤城山にドライブした。移動溜まり場としての車は体験がよかった。赤城山への道中は細い道、山道ではあるがよく整備された舗装路、高速道路などがあり、運転の練習になった。
9月
- ロードバイクを買った。2020年頃に盗まれてから五年ぶりにロード乗りに
- 大阪万博に行った
- ネパール館がパビリオンというよりかは何やらありがたい雰囲気だった
- 未来の暮らしのコーナー・国連館ASEANコーナー・中国館コーナーが印象に残っている
- 大阪という街自体をあちこち移動できたのもよかった
10月
11月
- 日帰り草津旅行
- サイクルイベント:Velo Ashikaga参加
12 月
- インフルエンザにかかる。40度の熱を複数日出す。インフルってこんなにしんどかったっけ...
- 地域のスタンプラリーイベントがあったので参加した。面白いイベントだが一人で参加する気力がなかったので、友人たちに賑やかしにきてもらった。毎度訳のわからない遊びに付き合わせてしまって申し訳ない、助かります
- ベートーベンの交響曲9番のコンサートへ
- ど定番すぎて逆に避けていたのだが、ど定番だから避けるというのは理由になっていないということに気づいて聴きに行った。よかった。
- 実家の猫、クロを亡くす
- 20年近く一緒にいた猫だった。
- のこのこと布団に近寄ってくるので、捕まえてよく一緒に布団の中で寝ていた。クロは体温が高く湯たんぽの代わりになった。クロの側も俺を大きな湯たんぽだと思っているげだった。クロは自分が高熱でうなされているようなときには決まって俺の部屋へとどまり俺の隣で添い寝をした。俺が元気でクロに遊んでもらいたいときには決まって迷惑そうにしていた。
- ここ2、3年は実家へは年に数度帰るぐらいだった。今年の夏頃に実家を訪問したときには、クロはだいぶ弱っていた。俺はクロを撫でたり蚤取りしたりした。蚤を取る技術はないから形だけだ。クロも俺を毛繕いしようとしてくれた。実家に持ち込んだ私生活の書類仕事を片付けているうちに眠くなったので午睡をとった。クロも俺の隣へ寄ってきたので一緒に雑魚寝をした。
- 20年近く一緒にいた猫だった。
10月12日。排外主義への反対について。郷土主義について。あるいは義理人情について。もしくは自分の保守的・伝統的な感情について。
人生ってのは分業で、手間の貸し借りだと思う。
自分一人でできることというのは勿論あるだろうが、自分がやりたいことで一人でできないこともたくさんある。 コンビニでうどん一つ買うだって、誰かが小麦を育てて、粉に挽いて、運んで、こねて、俺ん家の近くまで運んで、俺に売り出してくれなきゃならない。少なくとも、この世界の自分以外の人間が関与した物には一切触れないようであれば、いま、自室の机の目の前にコンビニのたぬきうどんがあろうはずはない。
このうどんはコンビニでお金を払って買ったわけであるが、金銭の授受があったからといってそれを作る手間や労力がこの世から消え去るわけはない。結局は誰かの手間がかかった結果としてたぬきうどんが出来上がり、俺がそれを食べる。お金で売り買いするからって、何もお金の紙ぺらが人様より偉いわけはない。人間様である自分が紙ぺらを頭の上に推し戴いて生きてくれよとて生まれたとは思いたくない。ありがたく思う相手は手間を貸してくれた人様であった方が気分がいい。だから手間っ貸し・手間っ借りの手段として仮にお金の紙ぺらがあるのだと考えることにしている。 *1
理屈の上では結局は巡り巡って世間の皆全員で手間の貸し借りをしてるのかもしれないが、気持ちの上ではもう少し狭い範囲でありがたく思うことが多い。それこそ俺に手間をかけてくれた小麦農家・うどんをこねる人・ドライバー・近所のコンビニの店員さんとかだ。適当に地図を開いて「日野町三土」という場所を見つけたから、この場所を物のたとえの引き合いに出す。俺は三土にお住まいの方にも巡り巡って世話になってるのかもしれないが、普段の暮らしの上でそんなことを考えたことはない。三土に住んでる人からしたって、栃木のどこそこ町に住むゆーちきというあだ名のやつのことを常日頃ありがてえとは思ってないだろう。三土近辺で俺が誰かに何か手間を貸した覚えはないし、三土周辺で人に挨拶をして頭を下げた覚えもない。逆に三土周辺の人から挨拶をされた覚えもない。行ったこともない場所だから当然だ。俺が普段関わりあると感じる相手は、会ったことのない三土の人を含まないぐらいには狭い範囲だ。
仮に俺にうどんを売ってくれたコンビニの店番が外国人だったとする。 店番さんは俺にうどんを売ってくれて、代わりに俺はいくらかお金を渡す。 店番は俺に礼を言うだろう。俺も礼を言ってうどんをもらう。こんな具合だ。
店番は俺に手間を貸した。農家が作った手間、うどんをこねた手間、トラックで運んだ手間が全部ひと繋ぎに繋がって、俺がうどんを食べられるようにしてくれた手間だ。俺は借りた手間を直接は返せなかったが、代わりにお札で手間を返した。 店番は俺に挨拶をした。仕事でしたかもしれないが挨拶は挨拶だ。俺は紙ぺらが俺やあんたよりも偉いとは思っていないから、お金を払わずにお互いに近所を手伝う仕事もお金を出して何かを手伝う仕事もひとが人にしたことは同じ仕事だと思ってる。語源的にも確かそんな感じじゃなかったっけか。することだからしごと。簡単。だから結局どちらにせよ、自分は世話になって、頭を下げあうか挨拶し合うかしたことに変わりはない。たとえ余計なことはお互い言わないとしても、近い町内に住んで絡みのある人だ。
三土がどんなところかは知らないが、たぶん人がいくらか住んでいて、日本人も住んでるだろう。 その三土の日本人の中から誰か一人選ぶとする。じゃあ選んだ三土の人と、近所のコンビニの店番さん、俺の暮らしの中で世話になってるのはどっちの方だ?口もきいたことのない三土の人と、しょっちゅう物を買わせてもらってる店員さん、どっちと絡みがあるのか?俺は店員さんの方だと思う。何も三土の人が悪いわけじゃない。三土の人にとったって俺にゆかりを感じる筋合いはないだろう。悪いんじゃなくて、単にお互い絡みがないだけだ。世界は広いんだから仕方がない。
ここら辺を考えると、自分としてはどうも、近所で何かをしてる外国人よりも三土の日本人の方をありがたく思えという教えには従えない。 もちろん人間同士知らないからといって無碍にすることはないから、三土の人と喧嘩する必要は全くないし、広い道徳で遠く離れた三土の人のことも大切に思うのが文明心というものだと思う。でも、人のご説で命題が三土の人より近所の人を無碍にせよという内容であれば、少なくともそれは頭の中だけで考えて現実から離れてしまってるんじゃないかと感じる。少なくとも、俺の住む町の中で消費税だの住民税だの、勤め先の会社を通じて事業税だの払っているのは、この街の外国人の方であって三土の日本人じゃないし、何より俺に物をよこしたり俺と街中ですれ違ったりするのは三土の人じゃない。 世話になった人には恩義を感じ、やれ金銭だのやれ仕組み化だの言っても本質は人と人との親切や義理人情であって、便利な仕組みを使えども仕組みの奴隷にはならず情緒の世界に生きてみせようと思うのが大事であって、ましてや常日頃世話になってる連中への礼儀を疎かにして本の中にあるどこか遠くの人の方を恋しく思うってのは何かおかしいんじゃないかって。
「三土の日本人には日本人同士俺と共通の歴史や文化があるが、近くの外国人にはそれがないだろう」なんて意見があるかもしれない。 でも、三土の人はこの町のあの路地の風景も知らないし、冬のあの時代行列も知らないし、屋台で売ってるあの料理も知らないし、この町にあるどの食堂の味も知らないよ。この前あった大雨の停電も知らないと思う。地域防災で繰り返し言われている、あの台風のときにこの町にどんな被害があったのかも知らないだろうし、あの山から見下ろした朝もやの町の風景も知らない。あの土手に座ったときの川の風心地も体験したことないと思う。 そう考えると、コンビニの店員さんとの方が俺と肌身で感じた共通の昔語り・経験は多いと思う。俺はそういうのを大事にしたい。 もちろん、そういう身の回りで感じた先人の教訓とか文化は低俗だからどうでもよくて、教科書に乗っていて勉強して学ぶような歴史と、勉強して学ぶような文化だけが大事だっていう人もいると思う。わからなくはないけれど、どうしても生活よりも書物の方が一方的に偉いという気持ちには自分はなれない。
最終的には「自分と関わりのある人に感謝する」は心が狭い話なんだと思う。自分が世話になってない人は無碍にしていいという理屈は通らない。ありとあらゆる人のことを思いやらなければならないんだと思う。ただ、最終的な話に行くずっと手前のところで、「知らない人に感謝して、普段行き合う人は尊重しない」はおかしいという気持ちがある。それが偏狭な保守精神だと言われたらまあ仕方ない、それだけにならないように理性による博愛の観点からの自己点検をするんだろう。
三土
地名しか見てないので本当に無作為に選んだ地名だ。別に何も三土に恨みがあったり馬鹿にしたりしているわけではない。Googleマップで調べて見たところよさそうな地区だった。
*1:何かのほんで、大昔の人も共同体の共通作業一般を「手間っ借り」、「結仕事」と呼んだらしいと読んだことがある。
夫婦で(たぶん)咽頭結膜熱(旧名プール熱)にかかった
かなりつらかったのでブログに書いて気持ちを消化しないとやりきれない。 自分が過去数年かかった記憶のある感染症の中で一番つらかった。 皆さんもたかが夏風邪と思って侮るなかれ。体験談をもって注意喚起としたい。
咽頭結膜炎は正確には医者でもらった診断ではない。が、こういう症状だったらこういう病気がありうる、と医療機関で説明してもらったもののうちの一つなので、症状から考えておそらくそうなんだろうと考える。
経緯
以下主に自分の症状のタイムライン。
感染心当たり
わからない。動物園に遊びに行ったり、ショッピングセンターや図書館に出かけたりはしていたが、人と触れ合うような混雑の場所はどこもなかった。ただ、手すりを触った後に手を洗わずにいたりしていたかもしれないなあと思う。
発症(-5)日目
妻が先んじて39度台の高熱を出す。医者にかかるが、コロナ陰性だった。いくつかの可能性を伝えてもらい、そのうちいくつかは全て症状緩和の薬を出すばかりであるので薬があるうちは病院にこなくて良いと説明を受けた。解熱鎮痛薬を出してもらった記憶がある。(が、何分ひとつき前のことだからはっきりと覚えていない。)なお、数日経って薬が切れたタイミングで、鎮咳薬も追加してもらっている。 食欲もないようで数日おかゆや柔らかく煮たうどんなどを作って出した。 夜中も痛みや苦しさで目が覚めるようで、ぬるい飲み物を出したりしていた。
発症(-2)日目
妻の熱がやっと引く。ここからひどい咳が続き、10日ほど妻は声が出ない・出ずらい状況だった。
発症当日
昼頃から軽い喉の痛みと軽い倦怠感があったが、やや風邪気味くらいだと思っていた。 二十時を回る頃から激しい悪寒と全身の痛みがあった。熱を測るとこの時点では37.0程度しかなかった。風邪薬を飲んで暖かくして寝る。
発症翌日
朝起きると目があかないほどの目やにが出ていた。目やにをとると目は真っ赤に充血していた。 朝体温を測ると39.2度 の発熱。 激しい咳が出て、喉が痛い。 自分の番が来てしまった。妻のときと同様の対応をとる。 薬を飲みつつ、おかゆやウィダーinゼリーなどで食いつなぐ。 昼間頃には熱は平熱に戻っていたが、真夏だと言うのに激しい寒さと体の痛みが続く。室温が27度でも寒いのでクーラーを切りたかったが、熱中症で死んではならんので、タイツ・長袖長ズボン・ほわほわ靴下・半纏により暖を取る。 午後からは唾を飲むのも痛く、当然飲み物や食べ物も摂る気にはならなかった。かといって飲み食いしなければ衰弱してしまうので、一口ごとに呻き声をあげたり、苦痛に顔を歪ませたり、全力で変顔をしてなんとか耐えつつおじやのようなものを食べた。 夜が近づくにつれ再度熱が上がり、体の痛みも激しくなった。 喉が痛すぎて伝わる日本語が喋れないので英単語で妻と意思疎通ゲームをする。ペンで何か書いて用事を伝えようとしたが、文字を書く・ペンを握るなどの精緻な作業ができる状態じゃなかったので諦めた。 会社には状況によっては今週まるまる休むハメになるかもしれない旨を伝えた。
発症翌々日
なんとか目やにをとりベッドから起きる。かなり粘度の高い痰が出る。 熱を測ると38度台半ばだった。確かに昨日よりかは楽になっている。 会社に欠席連絡を入れたのち、やわらかいものを食べる。相変わらず喉は激しく痛い。 欠席連絡を入れてから1時間後に熱を測ると、平熱に戻っていた。悪寒と体の痛さは夕方にはやみ、それ以降この日は猛烈な咳としみるような喉の痛み以外は何も症状がなかった。
発症4日目
熱も下がり切り、体調もよくなっていた。 相変わらず目やにがひどく、喉の痛みも激しく、咳も止まらないが、それ以外の体感の体調面では何も心配がなかった。 勤務できそうだと会社に連絡し、この日はリモートワークで仕事をした。(私はほぼリモートワークで自宅勤務をしている。)普通に声は出たが、喋ると喉が痒くなって咳き込んでしまうのがしんどかった。 散らかっていた部屋を片付け、久々にぬるいお風呂にゆっくりつかり、早めの時間に寝床に入った。 ところが、午後10時をすぎたくらいから急に寒さと体の痛さで目が覚めた。熱を測ると37度程度だった。念の為しっかり水分をとり、暖かくして寝ついた。
発症5日目
再び39度台の熱。コロコロ変わって申し訳ないと思いつつ、会社に欠席連絡を入れた。 この日からは痰がいよいよ硬くなった。ここら辺から血痰が出はじめたような記憶がある。咳のしすぎて喉が切れてしまったのかもしれない。 喉が痛すぎて、ちょっと喋るたびに吐きそうな仕草の咳がでる。 やわらかいそばとかを食べる。
ここから2、3日、熱が上がったり平熱になったりを繰り返した。いやらしいのは、1日のうち合計2時間程度だけ39度台で、残りは36度台やあっても37度程度であることだ。いつ治ったのか、治ってないのか、タイミングをなかなかはかり損ねた。
発症翌週
喉は激しく痛んでいたし、体力もかなり消耗していたが、悪寒と関節の痛みは消えた。目やにと痰が残っていたが、体感としてしっかり体調が治った実感があった。声が出ずらいのはむしろ体調が治って以降、この週だった記憶がある。 仕事に復帰した。 1、2時間活動するととても眠くなってしまうので細かく休憩を入れつつ、温かい飲み物とともに作業を進めた。
発症翌々週
徐々に休憩せずに活動できる時間が伸びてきた。体力はまだ十分じゃないので、頭を使うタイミングに向けてしっかり脳みそのキャパや体力の余裕を作るように行動しつつ仕事をした。 ただ、長時間の機械操作や料理などはまだ危険なようだった。(あまり細かいことを連続で続けていると集中力が続かない)。 そもそもあまりに食欲がなさすぎて、料理で何を作るかがなかなか決められない。 喉はだいぶよくなってきたが、観測できる症状として目やにと痰がはっきり残っていた。が、一番しんどいのはむしろ観測しずらい症状の方、だるさ、眠さ、集中力の欠如だった。 休日は妻に車で高原につれてきてもらい、そこでのんびり涼しい空気を吸ったりのんびりウォーキングをしたりして体力を戻し、自然な汗をかけるようにしようとした。
発症3週間後(現在)
体力面での不自由さを抱えずに仕事ができる程度には回復した。 今残っている症状は喉の軽微な痛さ・痰のみだ。 これから運動ができるように体力を戻していく。 大声が出せたり、歌が歌えたりするまでにはまだ当分かかりそうだ。
総括
咽頭結膜熱は恐ろしい。 最初の1週間くらいは39度台の熱が断続的に出た。間間に平熱で安定するタイミングもあるので、熱が引き切ったタイミングがわからず難儀した。 熱が引いた後、声の出しずらさ、喉の痛み、体力の消耗は2〜3週間ほど後を引いた。体力消耗により集中力を発揮できる時間の総量が減っていたことはQoLを下げた。また、各種家庭内の機械操作・料理が不安な状態が3週間続いたのもかなりストレスだった。 3週間経った今でも軽微な症状が残る。
各自手洗いうがい等、対策されたい。
山名のアクセントってどこにある?
というのも、自分がふと口にした「筑波山 ツク\バサン」のアクセントがすごく珍しいような気がしたからだ。 本当に珍しいんだろうか?多くの山名を集めて「ツク\バサン」の形のアクセントが本当に珍しいのか調査してみようと思った。
方法
まず、調査対象の山の集合を決定する。それらに対して、山名のアクセントを決定する。決定されたアクセントの位置の数に基づき、「ツク\バサン」のアクセント位置が珍しいのかどうかを評価する。
アクセント調査対象の山を選定する
「ツクバサン」とのアクセント位置を比較するという目的に鑑み、山名、また山名の読み方のうち、「-サン」「-ザン」で終わるものに注目する。この3つの読み方の語尾を、本記事では「対象語尾」と呼ぶことにする。
日本国内の登山界隈では、山名のリストのうち最も有名なものは登山家・文筆家の深田久弥選定の「日本百名山」であると考える。したがって、大元のリストは「日本百名山」とする。 そのうち、山名の唯一ないし複数の読み方の中に対象語尾で終わる読み方が存在するもののみを選定する。 ただし、山名は読み方のぶれが大きく、どれを対象語尾で終わる山名であるとみなすかの基準は自明ではない。 今回は、後述の山名アクセントの決定手法による制約により、私個人の読み方を判断基準とする。 また、大山「ダイ\セン」に関しては今回の対象語尾に当てはまらないとみなし、対象には含めない。
山名アクセントを決定する
自分の内省によることとする。
2016年5月26日出版の NHK放送文化研究所『NHK日本語アクセント新辞典』 には、日本百名山のアクセントの記述があるらしい*1が、私の手元には昭和四十一年 日本放送協会編『日本語 発音アクセント辞典』しかなく、そこには百名山のアクセントは網羅されていなかった。
自分の内省により複数アクセント位置がありうる場合には、自分にとってより使用頻度が高いだろうと推測される順に並べる。
結果
調査結果は以下のとおりとなった。
対象の山名とそのアクセント
該当する山は以下の30座である。
| 山名 | 基準に該当する読み方とそのアクセント位置 |
|---|---|
| 大雪山 | タイセツ\ザン |
| 八甲田山 | ハッコーダ\サン |
| 岩手山 | イワテ\サン |
| 早池峰山 | ハヤチネ\サン |
| 鳥海山 | チョーカイ\サン |
| 月山 | ガッサ\ン, ガッ\サン |
| 蔵王山 | ザオー\サン |
| 飯豊山 | イーデ\サン |
| 磐梯山 | バンダイ\サン, バン\ダイサン |
| 至仏山 | シブツ\サン |
| 苗場山 | ナエバ\サン |
| 妙高山 | ミョーコー\サン |
| 男体山 | ナンタイ\サン |
| 白根山*2 | シラネ\サン |
| 皇海山 | スカイ\サン |
| 筑波山 | ツク\バサン, ツクバ\サン |
| 御嶽山 | オンタ\ケサン, オン\タケサン, オンタケ\サン |
| 両神山 | リョーカミ\サン |
| 金峰山 | キンプ\サン |
| 丹沢山 | タンザワ\サン |
| 富士山 | フ\ジサン |
| 天城山 | アマギ\サン |
| 恵那山 | エナ\サン |
| 鳳凰山 | ホーオー\ザン |
| 白山 | ハ\クサン |
| 剣山 | ツルギ\サン |
| 石鎚山 | イシズチ\サン |
| 九重山*3 | クジュー\サン |
| 祖母山 | ソボ\サン |
| 阿蘇山 | アソ\ザン |
分類結果
30座中、 対象語尾の直前にアクセント位置があるものは28座あり、ほとんどの山名にはここにアクセント位置を持つ読み方が存在した。 このアクセント位置の出現数が圧倒していることを考慮し、今後対象語尾直前に核があるアクセントを「標準アクセント」と呼び、それ以外を「非標準アクセント」と呼ぶことにする。 標準アクセントの読み方がない山名は、30座のうち富士山・白山の2座のみで、全体の7%弱だった。 また、非標準アクセントの読み方を持つ山名は、30座のうち月山・磐梯山・筑波山・御嶽山・富士山・白山の6座のみで、全体の2割だった。
分析
「ツクバ\サン」は珍しい
上述の標準アクセントである山名・山名の読みが圧倒しており、それ以外は少数であった。 したがって、「ツクバ\サン」のアクセントが珍しいという直感は正しいと言えるだろう。
非標準アクセントの山名はなぜ非標準的なのかの考察
非標準アクセントの6座の山名(読みを数えると7つ)について、なぜその位置にアクセントがあるのか考察し、大まかに分類した。しかし、考察は推測の域を出ない。
無声化・特殊拍により標準アクセントから変化した可能性があるもの (2つ)
白山 「ハ\クサン」
白山では標準アクセントの位置は無声化している。昭和四十一年 日本放送協会編『日本語 発音アクセント辞典』の中の、「共通語のアクセント」の章の第9章第2節では核が予測される位置が無声化する場合、単純語もしくは複合の度合いの強い複合語においては核の位置は一拍後ろにずれ、複合の度合いの低い複合語においては一拍前にずれるとの記述がある。白山を複合の度合いの低い複合語とみなすのであれば、この記述と整合する。
月山 「ガッサ\ン」
月山では標準アクセントで核がある位置は促音になっている。特殊モーラの影響を疑うが、このような場合は促音の前部が高く、後部が低いのが通例であるから「ガッ\サン」の位置は機械的には導かれない。
頭高アクセント・もしくはが頭高が変化した可能性があるもの (4つ)
上記の項目を除いて、元来非標準的アクセントであったと考えられるの多くが頭高、もしくは頭高から変化したものだとみなせるかもしれない。 しかし、どういう山名が頭高になるのかは不明である。
富士山 「フ\ジサン」
なぜ頭高なのかはわからない。
御嶽山 「オン\タケサン」
おそらく語頭音節にアクセント付与がされた形だと考える。 語頭アクセントであることは、当座が語りなどでよく「木曽・御嶽山」の形で言及されることと関係するのだろうか。
磐梯山「バン\ダイサン」
おそらく語頭音節にアクセント付与がされた形だと考える。 語頭アクセントであることは、当座が語りなどでよく「会津・磐梯山」の形で言及されることが関係するのだろうか。
筑波山「ツク\バサン」
なぜ頭高なのかはわからない。 語頭のアクセント核が、先頭の「ツ」が無声化することにより一拍後ろにずれた形か。
その他 (1つ)
御嶽山 「オンタ\ケサン」
上記の法則から全く説明がつかない。木曽節で「オンタ\ケサン」のように歌われる影響か。 また、さらに木曽節で「オンタ\ケサン」と歌われることが現地の会話文でのアクセントを反映しているのかどうかなどはわからない。
結論
散歩
仕事が終わったから妻と一緒に夜の散歩。 土手っ原で川の夜風に吹かれて、神社の階段を登って境内に着くと、親子連れが夕涼みしていた。 子供2人とお父さんがよーいどんでかけっこして、お父さんが毎回勝っていた。 我々はのんびり夜景を見ながら、子供達にすごいねえって声をかけていた。 階段を下るとき、入れ違いに神社へ散歩に行くセーラー服集団とすれ違った。
帰りに6月の通り雨に降られた。 長い階段を登ったふくらはぎがまだぷるぷる震える。
今日もぐっすり眠れそう。
引っ越しました
いいところです。
おまけ:引越し先地域決めの方法
引越し先エリアを決めるために色々調査したので、これから引っ越したい人のために何をどう調べたかをパッと思い出せるだけ書く。
要件書き出し
今後の生活のために居住地に必要な要件を書き出した。
ネットで調べる
google map
- 通勤時間・経路
- 飲食店・コンビニ・スーパー・映画館・服屋・病院の立地と数を確認。
suumo
家賃・土地代・掲載されている家の感じなどの相場の確認、 suumo.jp
ChatGPT先生の分析
これは路線ごとに絞って都市比較をしていたときの一つのクエリの再現。 わりかし質問者に阿るようなことを言ってくるのであんまりフラットに見た資料にはならないがち。なんでも良いから軸の案出しをしてほしい時に便利かも
統計データ
生活ガイドというサイトに医療者数とか一学級の児童数とかの記載があって便利だった。
公式の情報を確認
その地域の訪問者・生活者のが直に写真つきで色々挙げてくれていて生活のイメージがつきやすかった。
噂話、冗談的なトピック
ちゃんとしたデータにはならないけど、ネットの人がどんなトピックで盛り上がれるのかを知って地域の雰囲気を掴む。
chakuwiki (このサイトは歴史が長いので、最新じゃない記述も多いことに注意しつつ) chakuwiki.org
まちbbs (当然書き込んでる層は偏っているのでやはりその点は注意) https://machi.to/
移住者ブログを見ると、どういう傾向の人に好まれてるかもわかったりする。 大都会な暮らし以外の方向であっても、スローライフがしたい/バリバリやりたい、歴史の香りがほしい/ニュータウン的な綺麗さがほしい、アウトドアがしたい/したくない、自然がほしい/別にいらない、ものづくりっぽさがほしい/いらない などいろんな好みの軸がある。
実地で調べる
実体験が何より大事な気がする。ネットや本で調べてよさそうだったのに、現地で行ってみて自分の趣味と合わなかったら悲しいじゃない。
- 現地でホテルに泊まって出社・退勤を経験してみる。ラッシュがつらくないか、乗り換えでつらくないかなどの確認
- スーパーを回って品揃えの傾向や値段帯を確認
- 飲食店を探検
- 街中を歩いてみて、建物の雰囲気や道路の幅・緑の雰囲気を確認
- 普段使いの最寄りスーパー圏の他に、大きい買い物で行きそうなちょっと遠くのショッピングモールを確認
- 街ゆく人の服装・建物の装飾・食べ物とかを観察し、自分がここに馴染めそうか馴染めなさそうか霊感を働かす
思い切る
最後は思い切り。どこでもなんでも楽しいと思えるならば楽しいし、つまんないと思うのならばきっとつまんない。この街での俺の暮らしを楽しくするのは俺。事前に調べすぎて行きたい店や名所・アウトドアが山のようにある。楽しめそうな場所を巡る想像だけでもう楽しくなってる。