まえがき
みなさんは浪曲という話芸ジャンルをご存じだろうか。浪曲は明治の維新以降に流行った話芸ジャンルであり、語りと歌うようなパートが交互にある芸能である。おおむね以下のような特徴を持つ。
- 落語・講談と並んで3大話芸の一つ
- 身振りや服装の芝居は通常大きくなく、基本的には話芸である
- ボイスドラマであり、何らかの武勇伝などが語られる
- 伴奏に合わせて一人が複数役を演じ分ける
- 感情の昂る場面なので歌うような喋りが挟まる
- 大衆に近い芸能であり、極めて(伝統)口語的なセリフ回しが多用される
自分も浪曲CDを数枚所持していてよく聴いている。その芝居に現代的な首都圏方言的、あるいは現代共通語的ではない特徴がよく表れている。
そのうちいくつかを紹介する。
聴いたCD についての説明
聞いたCD
株式会社コスミック出版発行の「8枚組 浪曲CD 広沢虎造 第一集 清水次郎長伝 一」である。 パッケージによると、テイチクエンタテインメントから発売されていた、昭和28年収録の音源らしい。 今回は最初の10分間について聞いた。
浪曲師について
時期的に広沢虎造(2代目)である。 東京都(現)港区白金の出身らしい。 関西で修業を積んだ上、東京に戻ってきて活躍している。
話の内容について
静岡の幕末の博徒たちのエピソードである。この話は長くなるので詳しくは立ち入らない。
非現代東京方言的な特徴
全てセリフパートから拾っており、歌いパートからは用例を取らない。
語彙的な特徴
2:00 神仏を祈って
現代共通語なら「神仏に祈って」だろう。 weblio古語辞典では古語では「を」で取るらしい。 祈るの意味 - 古文辞書 - Weblio古語辞典
2:05 朝飯(あさはん)
現代共通語では「あさめし」もしくは「あさごはん」
2:30 胴上げ\にして
ここに「に」は現代だと入りずらそう
5:40 てやんでい
江戸っ子言葉としてよく言及される。
8:50 勘弁してくんねえ
勘弁してくださいの意味。この以来の語尾「ねえ」「ない」については、シブがき隊の歌「スシ食いねェ!」で聞いたことある人も多いかもしれない。
発音的特徴
1:55 次郎長早っから起き上がって
それほど速い発話でもないのに「早くから」の「く」が飲みこまれて促音になっている 」
2:15 鬨のこい の 「こえ」が「こい」に聞こえる
エ段がかなり狭い?
3:05 まちげえ
首都圏でも形容詞語尾では「あい -> ええ」の音変化はよく聞く。(例えば 高い -> たけえ など) しかし、「まちがい」を「まちげえ」と呼ぶのはあまり聞かない
5:10 開けつくれ
「開けてくれ」の「て」が「つ」っぽく聞こえる。 (これは現代東京でも起こるという話を聞いたことがある記憶がある?)
5:30 湯へへえりやせんから (湯へ入りませんから)
「あい」->「ええ」 の例。現代首都圏方言ではこの位置は「ええ」にならない
6:10 揃いつくれ (揃えてくれ)
「え」が狭い例
6:40 「湯へへえんなかった」 の「か」が「ɣa」っぽい
7:00 そこイ座れ
「え」が狭いせいか、助詞の「へ」と「に」のmergerなのか、この位置の助詞を「イ」で取るのがよく聞かれる。
7:30 いっぺえ (一杯)
「あい -> ええ」の例
7:45 なめえ (名前)
「あい →ええ」
8:05 んまれついて (生まれついて)
この位置の「う」が「ん」で発音されることは昔はよくあったようだ。
昭和19年発行の「文部省制定発音符号」の六ページには以下の記載がある。
語頭の鼻音音節を表はすには、... 例 うまれる 生れる うま 馬 うまい 甘い うめ 梅
8:25 よろしくおしきたて (よろしくおひきたて)
「ヒ」-> 「シ」
8:35 清水湊イ来て (清水湊に来て)
助詞の「イ」
9:10 あすんで 「遊んで」
9:10 こづけえ 「小遣い」
「あい」 -> 「ええ」
9:40 みるてえと
この言い回しは現代首都圏人は使わなそう。 「見るやいなや」とかで置き換えられたのか?現代側で普段何と言っているかがいまいち思い出せない。
9:50 けえれ
「あい」-> 「ええ」
「あえ」->「ええ」だった...
僕が「あい」「あえ」のmergerを持つ話者なので、共通語に引き戻す先をうっかり間違えてしまった...
おわりに
浪曲は芸能なので、必ずしも一般市民の語り口調をそのまま反映しているわけではない。語られている対象も今回は江戸時代の博徒たちだったので、言葉遣いも独特だったかもしれない。 しかし、それを差っ引いても非現代東京方言・非現代共通語的な特徴を実際に耳で聞けたことは面白い